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| 高田中・鈴鹿中合格 陶山 結衣(鈴鹿・旭が丘小) |
私は小学4年生の秋に田浦塾に入りました。
低学年のころから中学受験を考えていましたが、
6年生になるまで受験に対する危機感を
あまり持てていませんでした。
4、5年生のころはまだ6年生の1年間もあるし
大丈夫だろうと、力をぬいてしまっていることも
ありました。
私が本気で勉強に力を注ぎ始めたのは、
6年生の春のハイレベルテストで1位をとることが
できたときからです。
ライバルの存在や努力の大切さを深く理解し、
より全力で勉強に励むきっかけとなりました。
私は自習時間をとても大切にしていました。
先生方に分からない問題を教えてもらい、
その日のうちに理解できることが多く、
私の苦手な歴史や理科の回路系の理解が深まりました。
受験前日まで親切に付き添ってくれた先生方、
全力で支えてくれた家族、
色々な方の支えで合格へと進むことができたと思います。
本当に感謝しています。
これからも全力で勉強に励んでいきます。
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| 高田中・鈴鹿中・暁中合格 尾崎 千華(鈴鹿・白子小) |
私は小学4年生から田浦塾に通い始めました。
はじめは緊張したけれど、少しずつ慣れて
授業も楽しくなっていきました。
しかし、勉強しても、ハイレベルテストで
あまりいい点数がとれないときもありました。
そのことでお母さんに怒られたこともありました。
そのときは「そんなに怒らなくてもいいのに」と
思っていましたが、今ではお母さんが
怒ってくれたおかげで合格できたのだと思います。
入試のときは家族に応援してもらったので、
高田中学校に合格でき、みんなに喜んでもらって
本当に良かったです。
また、高田中学校では姉と一緒に通えるのもうれしいです。
私を支えてくれたお母さんやお父さん、
先生に感謝しています。
受験生活の日々は、正直「辛いな」と思う日もありました。
そんな時を乗り越えられたのは、田浦塾の先生方や
仲間や家族の存在のお陰だと思います。
有り難く感謝の気持ちでいっぱいです。
無事に第一志望校の鈴鹿中学校に合格できて
とても嬉しかったです。
今までありがとうございました。
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| 鈴鹿中合格 広田 聖裕(鈴鹿・飯野小) |
僕は小学5年生の時に田浦塾に入塾しました。
入塾するきっかけを作ってくれたのは兄でした。
兄が一生懸命勉強している姿をみて、
僕も勉強して受験をしてみようと思ったからです。
5年生の頃は分からない問題を
そのままにしていましたが、6年生になると勉強内容が
大幅に増えたこともあり、分からない問題は
先生に聞くようにしました。
先生方は一つ一つ分かりやすくていねいに
教えてくれました。そのおかげで、
ハイレベルテストの点数も伸びていきました。
受験日がだんだん近づいてくると、
さすがに不安になりました。
試験当日、先生方が入試会場まで応援に来てくれて、
「聖裕君は、十分力がついているから大丈夫」
と温かい言葉もかけてくれたので、
無事に第一志望の鈴鹿中学校に
合格することができました。
いつも駐輪場で僕の帰りを待ってくれた家族、
自分が持っている可能性を引き出し、
たくさんの思い出を作ってくれた田浦塾の先生方、
本当にありがとうございました。
田 浦塾に入って良かったです。
中学校に行っても、先生方が引き出してくれた力を
発揮出来るように精一杯頑張りたいです。
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| 鈴鹿中合格 木下 総真(鈴鹿・飯野小) |
僕は小学5年生の4月に田浦塾に入りました。
将来活躍できる人間になりたいという思いがあり、
中学受験科を選びました。
ただ、初めの頃は、自分が塾に入りたいと言った
にもかかわらず、宿題をしていかないこともあり、
受験生としての自覚は正直ありませんでした。
先生に怒られることも度々ありました。
6年生になると、周りの子達が本気になってきたのを感じ、
自分も頑張らないといけないと思いました。
受験勉強は難しくてあきらめそうになることも
あったけど、将来の目標があったので
頑張ることができました。
11月後半からは毎日夜9時半まで塾で勉強して
大変でした。
入試当日は、すごく緊張してしまい、
国語と算数では時間が足りなくて
空欄が多くなってしまいました。
そのため、合格しても特進コースかなと思っていましたが、
結果は医進・選抜コースで合格でした。
結果を見て、うれしくて急いで走って、
先生に報告に行きました。ここまで頑張れたのは、
お弁当をつくってくれたり、
授業料をはらってくれた両親やおじいちゃん、
勉強を教えてくれた先生方のおかげです。
本当にありがとうございました。
これからも頑張ります。
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| 高田中合格 山村柚馨(津・南が丘) |
私は小学5年生の春に田浦塾に通い始めました。
中学受験科に入ったのは、優秀な大学に入りたい
という気持ちがあり、母にすすめられたからです。
学校のテストでは点数が良い方だったこともあり、
初めは「そこそこ頑張れば合格するかな。」ぐらいの
軽い気持ちでした。
しかし、塾での勉強が始まると、
学校よりも難しい問題が出題されるので、
ついていくのも大変で、軽い気持ちでは受験は厳しい
ということを知りました。
6年生になると塾に通う日数が増え、
自分は受験するんだという実感や、
志望している学校に絶対合格したい
という気持ちがわいてきました。
そのおかげで勉強への意欲もわき、
受験当日は緊張こそしたものの、
自分の力を出し切れました。
念願の高田中学校に合格することができたのは、
勉強を分かりやすく面白く教えてくれた
田浦塾の先生方と支えてくれた家族のおかげです。
ありがとうございました。
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| 鈴鹿中合格 丸井 進二郎(鈴鹿・飯野小) |
僕は小学2年生の時に田浦塾に入りました。
僕が中学受験をしようと思ったきっかけは兄でした。
兄が中学受験をして楽しそうに学校に通っている姿をみて、
僕も受験をしたいと思いました。
ただ、勉強は正直苦手でした。
6年生になってからは、自分なりに算数と理科の勉強を
頑張りました。
そのおかげで、冬期講習の頃にはそれまで分からなかった
問題が少し解けるようになりました。
受験直前に体調を崩してしまい
塾に通えない期間がありましたが、その間は
お兄ちゃんが勉強を教えてくれました。
無事に受験が終わり、家族や親戚、
おじいちゃんがお祝いしてくれました。
きっとおばあちゃんも喜んでくれていると思います。
「康太郎と進二郎が同じ制服を着ている姿を
見るのが楽しみだなー」と言っていました。
勉強をやさしく教えてくれた先生方、
いつも「大丈夫?」と声をかけてくれたお兄ちゃん、
お父さん、お母さん、応援してくれた友達、
いとこの家族に本当に感謝しています。
ありがとうございました。
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| 鈴鹿中・海星中合格 大野 さくら(亀山・井田川小) |
私は小学4年生の冬期講習前に田浦塾に入塾して、
5年生の夏期講習から中学受験科に入りました。
受験をしようと思った理由は鈴鹿中等教育学校の
「あそびとまなびの体験ラリー」というイベントに参加し、
とても楽しく、この学校に入りたいと思ったからです。
そのために受験勉強をし始めました。
しかし、初めて受けたハイレベルテストの点数は悪く、
塾の授業にもついていくことができませんでした。
「このままでは合格できない」と思い、
苦労しながらもたくさん勉強しました。
そのがんばった実力を試験当日に発揮して、
無事に志望校に合格することができました。
合格することができたのは、
私が自分の力では解けなかった問題も
わかりやすく解説してくれた田浦塾の先生方や、
いつも送り迎えをしてくれた両親のおかげです。
感謝しています。今まで本当にお世話になりました。
これからも勉強を頑張って、将来につなげていこうと思います。
本当にありがとうございました。
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| 鈴鹿中・海星中合格 相澤 雄斗(四日市・内部小) |
僕が中学受験科に入ったのは小学5年生の終わり頃です。
親から受験をしないかとすすめられたのが
きっかけでした。小学校の友達と離れることに
なってしまうのが嫌だったけど、
別々の中学校にいっても
連絡を取り続ければ大丈夫かなと思い、
中学受験をすることを決めました。
受験勉強がはじまると、
先生からはちゃんと勉強しなさいと何回も言われたし、
親からはゲームの没収があったり、大変でした。
ただ、そのおかげで第一志望の海星中学校に
合格することができました。
僕のために厳しく接してくれた先生方や親に
今では感謝してます。
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| 鈴鹿中合格 中尾 優希(鈴鹿・庄野小) |
私は小学5年生の冬に田浦塾に入りました。
それまではチャレンジタッチの中学受験用の教材を使って
勉強していました。
それをしていた頃は勉強に自信があったけど、
田浦塾に入って受験科の子達をみて、
急に自分自身が小さく見え、不安になりました。
毎月あったハイレベルテストの点数も悪く、
どんどん自信が薄れていきました。
でも、11月半ばからは毎日午後9時半まで
塾で頑張って勉強したこともあり、
12月のテストではそれまでのテストと比べると
高い点数が取れ、自信が少し戻りました。
毎日送り迎えをしてくれたお父さん、
お弁当をつくってくれたお母さん、
そして分からないところを何度もていねいに
教えてくれた先生方に本当に感謝してます。
中学校でも頑張ります。
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